神無月のつぶやき

北海道の襟裳岬に近い浦河という街に
べてるの家がある。過疎の地である。

今年のべてる祭りは8月10日に行なわれ二日間で1000人を超える人たちが集ったと。
私は8月の終わりにべてる見学へ行った。

「当事者研究」はここで始まった。
統合失調症の人たちがメインの共同体だが、年商一億の企業体でもある。

ほっとする、と色々の人たちは其処での印象を語る。
私は普通であった。ギャップがなかったといおうか、
私は普段の生活に緊張がないからかも知れぬ、と今思う。

当事者研究については帰ってきてから本を数冊よんだ。
当事者研究そのものは医療の場では新しいのだろう。
医療が患者に対する権威という枠を取り払うという事ひとつを取ってみても。
患者といわれた者がこの病という問題性に対する主体であると捉えるという事も。
こういうことが例えば東大の大学院で研究対象として取り上げる時代が来た、
ということが、時の流れというか、人が常に変化するというか、やっとよき流れが巾を持ち始めた、
過去にはつぶされていた正義がやっと認められた、というような感じがある。

このべてるの世界観、価値観は余りにも当たり前で、今までは何かが、
それを拒んでいた、と私は思う。
自然に、寛容に、人を人として扱うということが、いつ頃から出来なくなったんだろうか、
今の社会が持つ価値観はいつどうやってこんなにねじくれてしまったんだろう、ということになるのか。
あるいは時の流れではなくて人のあり方の本質に関わる事なのか。

学生の頃から ”アンチ近代” という直感があったのだが、
かなり長い事、世を席巻していた近代の価値観が今崩れ始めている、という感触がある。
あちこちでふつふつと、アンチ近代の何かが起き始めている気配がある。
べてるはその一つだ。
ばおばぶもそのひとつだ。