水無月のつぶやき

毒母という言葉を初めて聴いた。
母源病とかいう言葉はかなり前からあるが、毒とまで言い切るとはすごい。

毒母は ドクハハ、ドクボ、とか読むようで 毒ママという言葉もあるらしい。
アメリカの精神医学者、スーザン・フォワードという人が、毒親という言葉を使ったのが初めらしい。二十年以上も前のことだ。
その業界では既に使われている言葉だとあらためて知った。

その言葉を知った翌日、エロール・ル・カインという絵本作家の展覧会を見た。
そこにその毒母の絵があった。美の女神ヴィーナスが自分より美しい人間の娘に嫉妬し、いじめている時の顔だ。

その美しい娘プシケーは、お姑のヴィーナスよりたくさんの困難を課題として与えられ、果たさなければならない。
少しおバカなので(この辺が人間であるという証)決してやってはいけない、という禁断のことが守りきれない、そして、いつだって、ピンチにおちいる。人間の生き様そのままだ。
でも必ずどこからか助けが入り何とか切り抜ける。神様方が助けてくれて、結局はハッピーエンド、というのはなんともありがたい。

毒母かもしれない自分。もはやプシケーであるとは感じない自分。

昔昔、小学校の頃、母の日が近づくと、赤い造花のカーネーションが配られた。安全ピンが付いていて胸に付ける。白い造花もあった。それは母の死んでしまった子が付けるのだ。
これは本当だったのだろうか?今、ふっと思い出して、現実だったのか?とびっくりしている。
母のない子はどんな気持ちで白いカーネーションをもらったのだろうか?

花屋さんへ行って、白いカーネーションを買った。私はもう母のない子だから、というわけではないが、赤のメジャーなふてふてぶてしさがいやだったから。
今は亡き娘がピンクが好きだったので、傍らにあったピンクのカーネーションも買った。
母になりたいと思い、母になり、毒は、やはり持っているだろうと感じながら、ある意味の母役は終え、しかしまだ母であり続けている私が、白とピンクの
カーネーションを飾る、母の日、2015年。