皐月のつぶやき

ばおばぶでは二ヶ月に一度連句を楽しんでいる。初めてからもう数年経つが、三十六歌仙はまだ一回しかやったことがなくて、いつも半歌仙だったが、
今回は気合を入れてやることにした。いつもより一時間早くスタートした。全く新しいメンバーが加わることになり、その方も初心者としてすぐ参加された。二人ほど遅れて来て途中から入り、結局七人でわいわいと行ったわけ。ひょっとして三・四人だったらきついかな・・・などと心配していたが、初心者のための説明も加わり、復習がてら、のんびりと順番が回ることになった。それでも半歌仙の時とほとんどかかる時間が変わらなかった!すごい進歩だ!こなすのは倍の量だが、後半は気楽にポンポン進むということもあるが。

五七五、の次が 七七、そして五七五と繰り返すが、細かい規則がある。この煩雑な規則があっての面白さ、と言える。
初めて連句をやった時、本当に混乱状態だったが、普段と違う脳が活性化されたようで、頭のどこか、いつも眠っていたあたりが働いた感があった。

この連句を精神科の先生が治療に使っている、と聞いたことがある。箱庭療法とかも同じかもしれないが、枠に意味があるのだろうか。枠、規則、理り、形というもの。その枠の中で自分を表現する、これが、人がいわゆる人らしくなくなってしまった状態、つまり社会性を失った状態にいるとき、それを是正するのに役立つ!というのか。

枠とはなんなんだ・・・?とおしゃべりが始まったのだが、私ははっと気づいたのが、ユダヤ人のことだ。彼らのの脳は決してほかの人種と違うのではなくて、彼らは常に苦境の中で生き抜いてきた、ということだけがほかの民族とちがっているのだ。天下泰平とか平和ボケとかとは一切縁のない歴史が数千年続いてきた。差別、迫害、虐殺とともにあった歴史なのだ。だからこそノーベル賞の20%~40%(ユダヤ系もいれてかな?)もとるほど、学問、文化、経済で突出している。能力が磨かれてきた、と言える。今や世界は経済のみならず、ひょっとしたら全てに渡って、ユダヤ人の支配下にあるのではないか、と思うほどだ。

苦境イーコール枠、規則とは言えないが、メカニズムは同じような気がする。

10Cごろスペインから追われたユダヤ人たちがモロッコからアフリカを経て散ってゆくのだが、その砂漠の逃避行で、ある父親は息子に哲学を教えていたと。
イスラエルの朝の町で、幼稚園や学校へゆく子供たちを引率しているのは父親たちであった。子どもの教育は父親の仕事らしい。
先日店にいらしたユダヤ人のご主人を持つ方にお話をうかがったが、ユダヤの教育重視はすごいらしい。身一つで世界のどこでも生きていかれる能力をつけることなのだ。

列強の表の歴史があり、その影にはきっとユダヤ人がいた。ユダヤの歴史とはほとんど正反対の環境と性格を持つ日本の歴史、文化ではないかと思うが、その違いをこれから調和させていきたいものだと思うのだが。