卯月のつぶやき

この日に今年で四回目の「三・一一 について語ろう」という集まりをばおばぶで行った。
十二名の人々が己の感じるままを語り合った。
今年は最初の頃と違って、どの人にも現実がもうはっきりと見えていると感じられた。この国は果たして国民の幸せを願っているのだろうか。少なくとも国民を守っているのだろうか?嘘をつく、知らないという、それで通っている政治。この国のあり方はアメリカとの条約にしばられ、アメリカ経済の動きの流れの中でがんじがらめになって、戦闘機には膨大なお金をそそぎ、金まみれのオリンピックはやりたがり、しかし被災者の住宅は四年たってもまだ仮のまま。民主主義は茶番劇、愚民政策とはこれか?せめて民間で情報交換を、といっても、聞く耳持たず、という空気が濃い。目先の経済利益のためにすべてが動いているようではないか。国家的なマインドコントロールであるかのようなこの国の仕組み。国自体が原子力村であると。

なんとかできないものか,せめて原発をもう使わない、という地球市民として当たり前の行為が当たり前にこの国で行われるようになるのはいつのことなのだ。
私たちのできることは微力である。微力を重ねて重ねていくことしかできない。良き心を燃やし続ければ、いつかは光が伝わり、力が充ちてシンクロする時が来るであろう、という希望。
各々が自分の信じること、出来ることを続けるしかない、とお互いを奮い立たせるようにして会を終えるしかなかった。

この地域で今年で四回目の東北復興支援バザーを行っている人達が居る。

たまたま三月の初めからの二週間ほど四人の若者の作品展をばおばぶで行っていた。ガラスアクセサリー、ガラスコップ、ペーパークラフト、黒白写真の作家さんたち、四人とも住んでいるところが遠くて実際に会場には来れない、というギャラリー側としては初めてのおまかせ展示会だった。いや結局はおふたりは来ることができて、その出会いに大きな喜びが有り、作品というものがいかに人に深く関わるものなのか、と実感もできたのだった。展示期間が終わったので、たまたま上記のバザーがあり、作品の一部を出していただけないか、とお願いしたら、喜んで、という快諾とともに、私にとっては衝撃的な事実が目の前に現れた。東北の方だと分かっていたのに、今まで何も気付かなかったとは、ここまで私は鈍かったのかと思う。一枚ある、海岸に子供がひとり立っている写真は、あの海だったのだ。

我々の周りの穏やかな日常の日々。錯覚して風化してゆく記憶。しかし現地の、うけた傷の大きさ、深さは計り知れないという現実。実際に体験した人たちの言葉の重さ。その言葉を頂くまでには、少しづつ深められてきていた関係性というのも必要だった。突如深い流れに行き当たる。そこには冷たさがむき出しにみえる。時間が止まるかのように、それが見える。
暖かさが、大いなる暖かさが欲しい、必要だ、と涙が出てくる。
東北の地に生きていこうとしている人の心が見えてきた。冷たい現実の中で一歩一歩を歩いている人の心が、こんなにも美しく愛おしいとは。