睦月のつぶやき

ばおばぶは、古い建物なので、昔風の縁の下があって、そこへは潜り込むことができる。ノラさんたちとしては絶好の住処となったのだろう。犬を二匹飼っていた頃にはノラさんたちはこの家には近寄らなかったのに、犬が死んでしまったあと、いつの間にやら住み着いていた。

2014年春生まれた子等が縁の下で共同生活を送っている。一匹のミケの母さんから四匹。ミケと黒白と茶と茶白。こげ茶の母さんから二匹のキジ。もう一匹いつのまにやらぼやけたミケが加わって、7匹の子猫が常時いる。親たちは消えている。産後やせ細った母さん猫がおっぱいをやっている姿を見て、子猫の可愛さと母の姿の切なさとでミルクをやり始めてしまった。これがそもそもの騒動の始まりだった。

ご近所の庭に糞をする。これが問題となる。非衛生的である。

ご近所の皆さんも迷惑をしているから、と行政に訴える人がいた。この方は、ノラ猫の養育者のようである私に対し、餌をやらないように、かれらがこの地域から消えてなくなればいい、とおっしゃる。

彼をエゴというなら私もエゴだろうと思う。
私には本当に何が一番いいのかわからない。

行政は以前はノラに餌をやらないでください、という指導だったけど、これは失敗だったので、今は捕まえて去勢手術をする方針に変えたようだ。その案に乗ることにした。家の裏に彼らのためのトイレを設置することも教えてくださった。少し利用しているようだ。
手術のための捕獲だが、素人には到底できない。行政は猫捕獲ボランティアさんたちを紹介してくださった。優しい方々だ。ネズミ取りを大きくしたような猫捕獲器に餌を入れて設置する。ちょっとの間に捕まったのには驚いた。一回目は3匹。二回目も3匹。捕獲器を布で包み、犬猫病院へ運ぶ、手術の後は病院で一泊、その次の日はボランティアさんのお宅で一泊。それから帰宅。
手術の費用は行政から援助金が一匹につき5000円。オスの手術費はこれでトントンだがメスの手術代は10000円する。この低額でやって下さる病院は限られているので、車での搬送もあり、手間暇全てボランティアさんにお任せだ。
こちらは費用を払うだけだが、なぜオスメス別の料金なんだからそれぞれ賄えるように助成してくださらないのだろうか。この痛みが関わるものの意識を変えるとでもいうのだろうか。

最近巷で聞くクレームは、保育園の子供の声がうるさい、鳥の声がわずらわしい、果ては雀の声がうるさいだって!びっくり仰天だった。それも年配の方、地元の方が多いらしいと聞いて又またびっくり。緑豊かな街は健康のためにも環境のためにもいいことだらけなのに、葉が落ちることが問題となるご時世だ。
何がこうさせているんだろうか。豊かな生活と引き換えに世の中はせせこましくなり、権利主張が進歩と置き換えられ、人々は己中心に生きているんだろうか。

人のわからない部分で、例えば細菌がいろいろ役に立っているように、この世に存在するものは必ず何かしらのお役目があるのではないだろうか。
猫がこの家の縁の下に住むようになってから、ネズミが出なくなった!
フランスのある村でも猫が増えて困って猫退治をしたと。絶滅させようとしたのだが、ある女の子が二匹匿って育てた。ペストが流行り始め、その猫が大活躍で、人間を救った、とかで猫の銅像がやたらと立っているらしい。

日本文化云々を言えた立場ではないが、ぽろぽろと指の間から砂が溢れるように良識ある豊かな文化、つまり心がなくなっているようだ、と私は感じる。
「寛容さ」という言葉が死語にならないように、願うしかない。