水無月のつぶやき

先月の末、納戸で生まれた子猫は一ヶ月を過ぎ、
ネズミのような大きさからは少し大きくなったが
まだ小さい、としか言いようがない。しかし
離乳食を食べ、おやつに専用ミルクを貰い、トイレは
設置した場所にしっかり自分で行い、毛糸玉やら
おもちゃでひとり遊びをし、人の指を相手に戯れ、
毛づくろいをしたり、人を見つめたり、追いかけたり、
すごく元気だ。
エリシャと名前をつけた。

今まで犬派だったので猫の体験は初めて。
改めて生き物というのは個性的だなあと面白がっている。

まだ外に出せない。息子手製の檻の中に閉じ込めてある。
野良猫が庭をうろうろしているし、この子の母もいるし、
ドラに食べられてしまうかもしれないと脅されてもいる。
本当に小さくてカラスなんかに見つかったら
ひょいと持って行かれそうだ。

エリシャの母は他のきょうだい達ををどこに隠しているんだろう。
ご近所でラスカルという名をもらったもう一匹の母猫がいて彼女の四匹の子供たちは
もう猫っぽくって親の半身ぐらいあってカフェの周りを飛び回っている。可愛い
さかりだ。

エリシャがこの家の子になってから家の中の空気が柔らかくなった。
小さな命というものが優しさを引き出すらしい。
優しさというものは人はみんなたっぷり持っているんだけど日常生活ではめった
に出さない、
とかいう流れになっているみたいだ。
優しさを必要とする対象があるということが優しさを引き出す。
一度引き出された優しさは解放される。

人の子だって、赤子はもう可愛いと思うしかないわけで、
皆が可愛い、と感じるからこそ無力なその命が大事にされ生き延びることができる。
保護膜として人の優しさ、なんだろうとか思う。自然の仕組み、天の采配だろうか。

ここそこの優しさを解放してくれたエリシャは天からの贈り物のような気がする。