睦月のつぶやき

家族について思いをはせる日が、教会の暦ではクリスマスと新年の間にはさまれている。

紀元前200年ごろに書かれた、シラ書の中に、

「主は、子に対する権威を父に授け、子 が母の判断に従う義務を定めておられる。

父を尊べば、お前の罪は償われ、同じ く、母を敬えば、富を蓄える。

父を尊べば、いつの日か、子供たちが お前を幸せにしてくれる。

主は必ず祈りを聞き入れて下さる。

父を敬うものは長寿に恵まれ、主に従 うものは、母を安心させる。

子よ、年老いた父親の面倒を見よ。生きて いる間、彼を悲しませてはならない。

たとえ彼の物覚えが鈍くなっても、思いやりの気持ちを持て。自分が活力にあふれているからと言って、彼を軽蔑してはな らない。主は、父親に対するお前の心遣いを忘れず、罪を取消し、お前をさらに高めてくださる」

いつの時代も、どの国でも、親子というのはこういうものだ、と納得する。

そもそも自分が存在しているのは父と母が いたからで、その絶妙な綾の組み合わさった
世界のありさまは神秘と言わずして何なんだろう。歴史も環境も、何もかもが、
今現在の世界を作るために、様々にスパークしている。ちょっとすれ違っただけの接点でも
何かが生じている。大きなうねりの中で、理不尽なことがたくさん起こっているように見えるんだけれど、
底流のほうで次へ次へとつながるこの命はなんて不思議なんだろう。小さな水の泡の一粒のような
存在にしかすぎなくとも、その生きる様はあちこちに何かを伝播して、全く想像もつかないようなところで
何かを生じさせているのだろう。

歴史とは毎日毎日、個々の人間が、一つ一 つの決断を下すことによって作られてゆくのだと意識をする、
ということの大切さを思う。

常よりは家族と接するであろうこの時期 に、家族という小さな絆を大切にすることが、
すごく大きな世界につながっているんだということを忘れないようにしようと思う。