文月のつぶやき

コミュニケーションというのは本当に難しい事で、如何に、ということではなく
それ以前の人と人の関係にカギがあるのだと思う。

赤ん坊は自分では何も出来ない。無力でただ其処に存在しているだけ。
その赤ん坊も何か言いたい事があるとそれを表現する。ぐずぐず言っているが誰も気がついてくれなかったりするから、
泣き喚くということになる。それを受け止めてもらえるかもらえないか、がどれ程大切か、ということ・・・最近読んだ
芹沢俊介という人の本の中によい説明があった。
これは赤ん坊の存在の基礎となる部分で、受け止めてもらえて、安心感を獲得すればその子の
その後が安心なのだ。7歳頃までそのあるがままでよし、というのも芹沢さんの本だったっけ?7歳までは神様って、どこかで言われていたとか。シュタイナーも7歳云々だったなあ。

まったき安心感を獲得するかしないかは生きる基盤ができるか否かにつながる。
これは昔「スポック博士の育児書」というのがあってそれを参考に子育てをした者にとっては、自らの失敗を省みての
何年というこの月日なのだが、これだよな、ああ、全くそうなんだよな、と実感がある。
というのもスポック博士は全く反対のことを述べていたのだから。
泣く子は放って置けと。自立の訓練と。1970年代はこの言葉に弱かったんだと思う。私たちの世代の進んだ女達と
思っていた者達は特に自立という言葉に弱かったと思う。
受け止める存在があるかどうか、母が、母の様な存在があるかどうかがどれだけ大切かという事は、まるでわかっていなかった。
自立させるのだ、という資本主義ゴーゴーの号令に乗って何の疑いも持たなかったという若き日の馬鹿さ加減は
今唖然とするほどだ。ああ、若さは馬鹿さといつもつぶやいていたのは、やはり自分のことだったのだ。

もう一冊、抱き癖なんか心配しないで赤ちゃんをたくさん抱っこしましょう、みたいな育児書(日本人のものだった)
も平行して読んでいた。これは常識的に納得出来ていたんだと思う。だから完璧なスポック流ではなかったが、
スポック博士からは大きな影響を受けてしまったことはどうしても否定できない。スポック博士の育児書は今
アメリカでは禁書になっているとどこかで読んだ。当然だろう。沢山の問題の人々を生産してしまったのだから。

受け取ってもらえる事が足りなかった子供たちがいる。多分たくさんいる。遅ればせながら気がついたらその時に彼等を
受け取ろう。貰う側しか意識がないようなら、貰えるところから貰って足せばいい。道の途中ではあるが安定感を整えよう。
よい靴に履き替えるようなものだ。
記憶は記憶にすぎないのだから違う記憶に摩り替えてもいい。

全き安心感を得られなかった、あるいは少なかった人たちとのコミュニケーションは可能なのだろうか。
可能にしてくれる何かがあるのだろうか。あると思う。
共感という言葉をよく聞く。これは何なんだろう。
鸚鵡返しに「そうなのね」と繰り返す事ではない。
語られた言葉、語られた事柄はある種の扉のようなものに過ぎず、それらを抜けて超えたところになにかがある、
それはなんだろう。それを感じる事が大切なような気がする。
今肩を並べて共に生きているという現実感、仲間のような現実感かもしれぬ。
正直であるなんていうのは初の初で、誠実であるなんていうのも当たり前で、嘘はすぐ壊れる。
嘘のない丸ごとの自分を自分がどれだけ知っているか、あるいは知らされる、という事が又見え始める。

北海道の”べてるの家”という場で生きてこられた向谷地さんという方がいる。
この人の体験にもドキッとするような真実を垣間見る場面がある。
人の本気かもしれぬ。それとパラドックスという不思議現象かもしれない。