長月のつぶやき

マザー・テレサを想う

1997年9月5日、夜9時過ぎ、カルカッタの街は停電に襲われた。心臓を患っていたマザー・テレサが背中の激痛を訴え、呼吸困難に陥ったが、準備されていた人工呼吸器は作動しなかった。真っ暗闇の中で彼女のこの世の命が消えていった、という最後のページを読み終えた。

その闇よりも深く暗い闇をマザー・テレサは心に何十年と抱えていた、という内容の本である。何故光の人ではないのか?何故闇なのだ?

1948年インド、カルカッタのスラムで、貧者の中の貧者のために働きたいと、たった一人でスタートし、今や全世界にその修道会の支部ができ、後継者もたくさんいて、ノーベル平和賞ももらった、すばらしい行動力と愛に満ちた人ではなかったのか?
『来て、わたしの光となりなさい』という彼女の書簡集が日本でやっと翻訳された。

彼女が霊的に指導を仰ぐ師達に宛てて書いた手紙とその返事が主なのだが、彼女の謙虚さ故に、読んだら破棄してくれるように、と願ったにも拘らず、保管され、死後に発表された、というわけだ。
内容的に、深い信仰の世界のことなので、破棄しないでいてくれて、本当に良かったと思う。アメリカではベストセラーとなったという。

私たちと同時代に生きた、ひとりの聖者の生き方を私はそこに見る。宗教界の聖人と言われる人で、ここまであからさまに心の有り様を見せてくれる例はほとんどないだろう。

キリスト教というものの本質が彼女の生き方に、余分なものなく、ダイナミックに現れている。驚いた。
人として、ここまで!可能なんだ!と驚いたのだ。

「全ての人から拒絶され、痛みの中で放置されたカルカッタの街路の貧しい人びとの状態は、”私自身の霊的生活の真の姿である”と彼女は宣言した。
彼女もまた、彼女を必要とした人々によってではなく、彼女の神、生命よりも大切であった方から、求められていないと感じており、彼女の周囲に群がる群衆からではなく、魂の全力を持って愛した神から、愛されていない、という思いだった。」

「この恐ろしい喪失感、未知の暗闇、寂寥感、神に対する絶え間ない欲求などが、私の心の奥深くに痛みを与えています。その暗黒は精神によっても理性によっても、全く見えないほどの暗さです。」

この暗闇は、過去に一度彼女が味わったイエスとの親密な関わりという特別の恵みがあったが故、ある意味その喪失によるものであるのだが、その恵みについては、説明はできません、公言できるものではありません、と彼女は言う。そして喪失したがゆえに、神に対する彼女の渇きだけが増していったのである。

「事業が始まる前(1946年9月~1947年)非常に深い一致・・・愛、信仰、信頼、祈り、犠牲がありました」
「六ヶ月にわたる甘美な慰めと一致は、余りにも早くすぎ去ってしまいました」

その内面の苦しさとは裏腹に、彼女の日常性においては、その無私の愛と、率直な純粋さとが称賛され、彼女から輝き出る喜びと平和が人々を魅了し続けていたのだ。そして具体的な事業はすべてがイエス様の仕事である、と彼女が常々言うように、細やかな部分に至るまでシスターたちの愛に満たされ、驚くほど上手く運んでいったのであった。その根底には祈りがあったと。いつもいつも彼女らは祈っていた。マザーの祈りの時間もすさまじいものがあった。

パラドックスのように思う。彼女の暗闇と彼女の行動は。
地獄の苦しさとまで表現したその暗闇は彼女の死近くまで続いた。それを次第に受け入れるようになる彼女の道のりは、その苦しさに潰されることのない彼女の理性、信仰、愛の強さの歩みでもあった。その強さが尋常ではなかった。

キリスト教の真髄は十字架にある。十字架は磔刑である。恥辱の死に方である。
そして愛されていない、という苦しみの象徴でもある。「私は渇く」と言われたキリストの苦しみを少しでも軽くして差し上げたい、と、とことん追求した人がマザー・テレサであった。彼女の持った暗闇はキリストの請け負った暗闇であるのだ。

ここで、あ~あ、なんという宗教に関わってしまったんだろう!!というため息がこぼれてしまった。

小休止:  (私には無理だよ、とつぶやいている)

1979年のノーベル平和賞の頃から、貧者は世界中どこにでも、又豊かな家族の中にでもいる、と彼女は言うようになる。「あなたの近くにいる、あなたの愛を必要としている人を、愛しなさい」と。

大層なことは無理でも、あなたの近くの人を愛する、という課題は目標にできると思う。これですら、しかし、大変であることは重々承知ではあるが。

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