霜月のささやき

星野道夫

ばおばぶというカフェを始めて14年程経つ。長年立つと常連と呼ぶよりは、
仲間や友人と呼んだほうがしっくりくる人々がたくさん出てくる。
そういうお一人がつい最近「旅をする木」という本を読んで感動した、と
話してくれた。私は星野道夫というその作者についての映画を見たことがあるし
なにか読んだことがあるという記憶があって、なんとなくひっかかって、
その本をお貸しくださるようにお願いした。

持ってきてくださった時におっしゃるには、あまりに良くて二度読み、そして
三度読んだ、と。
私は夜寝る前にベッドの中で本を読むのが好きだ。眠くなるまで読む。
その「旅する木」という本を読み始めたら、眠られなくなってしまった。
その夜に読み切った。
そういう本は時々出会うことがある。

星野さんは私より6歳ほど若い。大雑把に言えば同じ時代の空気を吸っていたのだ。
そして彼がアラスカに行きたくなり、アラスカへ行ったのは、どうしてもそうしたかったのだ。
今の若い人たちはあまり冒険心はないようだが、あの頃の若者は
未知の世界への憧れは強く、行動力は今よりはあったと思う。

点数が足りなくてアラスカ大学入学が無理だと言われた時に、彼は、たった30点足りない
というだけでどうして自分を入れてくれないのだ、と学部長にねじ込んだという。
来年では遅いのだ、と、日本からこのために来たのだと。
43歳という若さでこの世の旅を終えたことを考えると、そして大自然が人の手により
どんどん変化しているスピードの早さを考えると、
本能的に時間の短さを感じ取っていたんだろう、と思わざるを得ない。

彼の本、彼の言葉の持つ魅力は、柔らかい温かい心というだけではなく、
澄み切った純な魂が彼の言葉を通して感じられことなのだ。
我々が行きたくったって行けるような所ではない、その手つかずのダイナミックな大自然を
書き表してくれるから、未知なものとの出会いがワクワクするほどうれしい。

そして彼が出会った人達が皆なんていい人達なんだろう!と思ったときに、
彼がいい人だから、いい人に出会うのだろう、そして
周りがみんなより良くなってしまう、という現象なんだろう、と理解した。
彼のオーラが地球のあのあたりを あの頃明るく温めていたんだろう。
人のみならず、全てに対しての彼の尊厳と愛が感じられるのだ。

その彼が幸せであることは一分の誤りもなく、その幸せ感を私は日本の一隅金沢文庫で
プレゼントとして受けることが出来るのだ。

本が素晴らしかったので、ほかの本を探していたら、偶然というには余りにも
出来過ぎに、たまたま翌日から横浜高島屋で彼の写真展が開催されるという。
来週の水曜日まで時間は取れないなあ、と思ったが、無理すれば初日の午後遅く行かれる、と
普段は夕方から外出したりしないのだけど、引かれるように、写真展に出かけていった。

彼に関してはいろいろな人が解説しているし、今更私が何を言えるか、なんだけど、
私としての個の体験だけを語ればいいと思う。
会場に入り、大きな写真を目の前にして、とても嬉しかった。
ほんまもんの大自然が広がっていた。ドキドキしてきた。胸が詰まってきた。
もうちょっとで涙だった。
動物の眼差しに人以上の人らしさを感じた。
大自然の多分その時だけの一回限りの美しさの強さ。

私はこれが見たくて世界をウロウロしたのかもしれない、しかし人生の途中で忘れてしまったんだ!
ああ、私が求めていて届かなかったものがここにある!と思い出したのだ。
圧倒的な大自然というのは神に近い畏怖を呼び起こす。

学生の時は山歩きが好きだった。その後私がしばらく住んでいたスイスという国は
カレンダーの絵のように美しい自然が目の前にあるところで、飽きもせずに眺めていたが
或時私は友人に聞いた。この国には人畜未踏のワイルドな自然というのはあるのだろうか、と。
手が入っている、だけではなくて、皆に見られ続けていることでの人の跡が感じられるのだ。
彼女はどこかにワイルドな自然があるとは言ってはいたが。
スイスを出てもっと自然に近いスペインに移った、目の前の地中海は自然ではあるものの、
何万年も人が行き来した内海なのだ。アフリカへいく話にすぐ乗ったのも、
もっとワイルドな自然に出会えるかも知れない、と期待していた部分を抱えていたからなのだ。

しかし私の中では、ワイルドな大自然に憧れていること自体が、はっきりと自覚
されてはいなかった。星野さんを目の当たりにして、今、私の中にはこういう世界への
憧れが深く潜んでいたことが分かった。

なぜ今?なぜ今私はそれを知るのか?この記憶の再燃の意味を考えている。
彼が何を求めていたのかは分からないし、それだけではない、私に働きかけているのは。
彼はひたすら何かを求めていた、その彼の求め方の見事さだ。
彼の生き様の見事さだ。写真の素晴らしさはそれだ。

宗教という枠の中で神を求めている私のやり方が浮かんできたのだが。
私の生き様の中途半端さが浮かび上がってきて、オタオタしている。
いや、どうしようもないことはどうしようもないのだから、つまり中途半端
みたいなことは問題にできないのだから・・・
多分もうちょっと時間がかかるのかもしれない、
星野さんの世界が私に関わってきた理由がわかるのは。

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