長月のささやき

葉月にはそのちょっと前に葉介という孫が生まれ、それと入れ替えぐらいに心臓で病院に運ばれた私がいて、命のいれかわりの綾というか、一瞬そう思ったりしたが、その後幼い命が風邪などにかかり、老いた命はこの世にもう一度チャンスを得たようで、微妙な命のさざ波がたったようだった。

世の中の大波にはとんと鈍くなっている日常なのだろうか。私が入院してた頃東京新聞文化欄に辺見庸さんの文章が載った。友人が届けてくれた。どきんと来てバッチリ、最もだ、と納得するのはこの人に関してはいつものことだ。今回も「オウム全死刑囚の執行終了」気づかざる荒みと未来、人々はこれを望んだのか、と問いかけられている。

まず書き出しが、
”さながら古代である。紀元前十八世紀のハムラビ法典の言葉が胸をよぎる”

彼の言葉を羅列してみる、
”これは民主主義だろうか、いやこれはおおいなる過誤ではないのか・・・”

”死刑の執行とは美しい観念や崇高な思想の実践ではない。いくら改心しようが、生きたがっていようが、一切問答無用のリアルな生身の抹殺である”

”私には素っ頓狂な仮説がある。人間はひょっとすると「人間的」であることを、とうに放棄したのではないか”

”七月六日の第一回大量処刑の前夜、首相や法相、防衛相らが「赤坂自民亭」と称して衆議院議員宿舎内で賑やかな宴会を開いていた。法相は既に死刑執行命令書に署名しており、翌朝には死刑が執行されることを知っていながら万歳三唱の音頭取りをしたとも伝えられる。豪雨被害がでているのに何事か。非難の声が上がった。当然である。私は更に翌朝に七人の処刑を控えながら笑いさんざめく大臣たちの心性がわからない。というより、おさえてもおさえても、軽蔑の念が去らない。人はここまですさむ(荒む)ことができるものか。死刑反対、賛成の別なく、人命に対する畏れと慎みをなくしたら、人間はもはや「人間的」たりえない。”

”オウム真理教は人命への畏れを欠くことによって、国家悪を一歩も乗り越えることができず、奇形の「国家内国家」として滅んだ。・・・中略・・・オウムは脱俗ではなくてむしろ世俗的だったので有り、我々の分身だったとも言える。しかしそれと感じられないほどの僅かな差で、目下、何かが徐々に変わりつつある。未来像は不明だ。それが怖しい。
”この処刑も激しい議論を巻き起こしたわけではない。古語を用いれば、「世のなりまかるさま」に、我々は余りにも無力であり、他人事のように眺め、驚くべきことには、抵抗どころか、あらかじめ諦めと空しさを感じているようだ。・・・・中略・・・簡単な道理が通らなくなってきた。例えば「ひとにしてもらいたいと思うことはなんでも、あなたがたも人にしなさい」(新約聖書マタイ福音書)。あるいはその逆の「己の欲せざるところ、人に施すことなかれ」(論語)。といったあたりまえの黄金律も乱暴に無視されることが多い。このたびの死刑もそうだ。私はこれを全く望まなかった。望まないにも関わらず強行された。”

゛がんぜない子供のようになって、問いつづけるほかない。なぜ殺すのか?人間なのに人権はないのか。答えられないのに、議論もせず、殺すことがなぜ赦されるのか。”

”村上春樹氏の意見に私は反対する。氏は書いた、「死刑制度に反対です、とはこの件に関しては簡単に公言できないでいる、一刻も早く死刑を執行して欲しいという一部遺族の気持ちは痛いほど伝わって来る(7月29日付毎日新聞)」・・・・中略・・・被害者感情と死刑制度はひとつの風景にすんなり収まるように見えて、その実異次元の問題である。前者の魂は、後者の殺人によって本質的に救われはしない。

私は死刑制度に反対である。それは究極の頽廃だからだ。”

このように辺見氏は文章を結んでいる。

私の意見も全くこのままで変え用がない。私は村上という作家にはもともと関心はなかった。この記事の書き方はずるい人だと見せてくれる。
世の中を支配しているところの感性が理解できない、というのはいつも私も思う。私が次第に異分子になってきたらしいのだが、いやもともとかも知れぬが、人はいつでも変化しているから、しかしこの変化がある意味良い方向であるとは決して言えない。この異分子のひょっとしたら歳とった魂の持つ当たり前の感覚、黄金率、というのが無視されているというより、伝えられていない、というのが本当かも。真実伝えたいものをはっきり自覚する魂が減っているのかも。

老人たちよ、伝えようよ、若い人たちに、良きことを。

辺見さんにはご健康には程遠いような噂も聞くので、頑張って欲しい、と願う。数少ない鋭い視点だと思う。

nob.

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