静寂の音楽

ハムザ・エルディーンはこう言った。
「砂漠にいるとね、何の音もしないんだ。するとね、宇宙の歌が聞こえてくるんだ。」
私は思わずたずねた。「それはどんな音なんですか。」彼は答えた。
「ムーというような音だよ。」
彼の故郷ヌビアがアスワンハイダムのつくる巨大な湖に沈む以前、ヌビアの夜の砂漠では、音という音を消し去った絶対的なしじまの中で、本当にそんな音が聞こえたのだろうか。それとも彼の特殊な耳にだけ聞こえる幻の音であったか。
あるいは、絶対的な静寂の中でとぎすまされた耳は、常人のとらえ得ぬ音をもとらえるようになるのであろうか。人間の五感は、磨きのようによっては、通常想像もつかぬような能力をも発揮できるようになるものだ。調香師やワインのソムリエが、どれ程微細に香りや味を感じ分けるようになるか考えてみればよい。モネの描く積みわらがまるで宝石のように光り輝くのは、モネの眼がそれだけの光を見分けていたからである。それならハムザの耳が常人の耳ではとらえ得ぬ宇宙の音を、実際に聴いたとしても格別不思議ではあるまい。そしてそのような耳の力が、彼の音楽に影響を与えないということは、殆ど考えられないことだ。
私は何度か直接にハムザと話したことがあるが、その中でも、ある時彼の言った次の言葉を忘れることができない。
「音楽は静寂をつくり出します」
その時の私には、この言葉は、まるで音楽の世界の全体を明らかに照らし出す光のように思えた。「音楽とはいかにもそのようなものに違いない。」私は一片の疑念もなくそう思った。今でも私は、音楽とは何かを短い言葉で表現しろと言われたら、迷わず、「それは静寂をつくり出すものだ」と答えるだろう。
ハムザの言葉は確かに、音楽の本質を射抜いている。だが、この言葉はあらためてその真意をつかもうとすると、単純な外見からは思いもよらぬ難しさを秘めているのに気づく。
第一、音楽がつくり出す「静寂」とは何であろうか。そしてそれを「つくり出す」とはどういうことか。
そもそも音楽は「音」を必要とする。それに対して「静寂」は「音」の無い、あるいは非常に少い状態である。するとこのハムザの言葉は「音が音のない状態をつくり出す」という意味にならざるを得ない。まるで禅問答だ。

閑さや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉

言うまでもなく『おくのほそ道』の旅の途中、山寺に立寄った時の経験によって詠んだ句だ。この句において、山寺の静寂は蝉の声によって少しも破壊されていない。それどころか蝉の声は山寺の静寂を一層深めている。ある種の音が静かな空間にあると、その空間の静かさが一層強く感じられる。これは珍しいことでも何でもないだろう。例えば日本庭園によくある「鹿おどし」を思い出せばよい。静かな庭にあって、竹が石を打つ「カーン」という音によって人は静寂を感じる。「鹿おどし」は静寂を演出する実に巧妙な装置である。
静寂を感じさせる音は、どんな音でもよいのではない。蝉の声の代わりにベルの音がしたり、鹿おどしの代わりに草刈り機の音がしたりしては、静寂が強められるどころか、それが破壊されてしまうだろう。水の音、風の音、波の音、そうした自然界の音は、多くの場合に人間に静寂を感じさせる。静かな夜、窓の外に落ちる雨の音、人のいない晩秋の海岸の松風の音、高台の宿で聴く遠い波の音、など……。つまり人間は、全く音が無い時よりも、適度にあった方が、それも、自然界の音、あるいはそれに近い音(鹿おどしのような)があった方が静寂を感じるように出来ている。それは、静寂を感じるという人間の心の状態が、無音によってもたらされるのではなく、ある種の音によってもたらされることを意味するし、さらに言えば、静寂とは、ある種の音によって発生する心の調和状態とも言えるだろう。逆に、無音の空間は人間に静寂を感じさせず、かえって不安を感じさせることが多いものだ。
ここまで考えて先程のハムザの「音楽は静寂をつくり出す」という言葉に戻ってみると、それは、音楽が音の無い状態をつくると言っているのではなく、音楽を静寂を感じる心の状態をつくり出すと言っているのだろうと想像がつく。水の音や風の音のような性質を音楽も持っている。少くとも、そのような性質を持った音楽が存在する。
私はハムザに、この言葉の説明を求めたことがある。その時彼は、「そう、音楽が始まると雑音が消えるんだよ」と答えた。実際は雑音が消えてなくなるのではない。雑音を感じない、調和した心の状態が音楽によって生まれると言っているのだ。たとえ大都会の十字路で、クラクションを鳴らしながら自動車が行きかう場所で演奏しても、自分がウード弾き始めればとたんに雑音は消える。人々の耳にはウードの音だけが聞こえる。ハムザにはそれ程の自信があったに違いない。実際、ハムザのウードを聴いていると、たとえそこが東京のビルの地下であっても、ナイルの流れが見え、その水を畑にくみ上げる水車が見え、それを回す牛が見え、ナイルに浮かぶ船の帆が見える。それは遠い時代から続いていたヌビアの人々の生活であり、時を超え空間を超えて、聴く者の心は遥かな世界に連れ去られる。静寂の音楽とはそのようなものなのだ。音楽のつくり出す静寂だけが存在する世界。
言うまでもなく、音楽は多種多様だから、静寂をもたらす音楽ばかりが音楽ではない。楽しく踊れる音楽もあれば、笑える音楽もあるし、泣かせる音楽もある。中には雑音を聞かせるのが目的としか思えない音楽もある。しかし、静寂の音楽と呼ぶべき音楽もまた確かに存在し、そうした音楽によって聴く者の心が静かな調和に導かれるのも事実である。そして、ハムザ・エルディーンの音楽こそ、静寂の音楽として最高の境地を極めた音楽なのである。
それにしても、ハムザは、一体どのようにしてあの深い静寂の表現をつかんだのであろうか。静寂の音楽と呼べる音楽に滅多に出会うことのない現代において、この問いはことのほか重要に思える。
ウードという楽器はアラビア音楽では極普通に使われているが、ハムザの故郷ヌビアには無かった。そこで若き日のハムザは、エジプトのカイロでウードの勉強をし、アラビア音楽としてのウードの奏法を修得した。
彼は意気揚々と故郷の人々にこの新来の楽器を弾いて聴かせた。ところが、彼の意に反し、ヌビアの人々はハムザのウードを聴いても全く喜んでくれなかった。
彼は落胆した。どう弾いたら村の人が喜んでくれるのか見当がつかなかった。ある時、村の人と共に、砂漠に狩りに出かけた。夜になり、たき火を囲んで談笑する村人から離れ、一人でウードを爪弾いていた。その時吹いて来た風がウードの弦を揺らし、ウードは自ら、静かに音を響かせた。「これだ」と思ったハムザは、今風が鳴らした音の真似をしてウードを弾いてみた。これまでにない音が出た。「わかったよ。こう弾くんだよ。」と言いながら村人たちの所へ行き、弾いてみた。村人は初めて喜んでくれた……。
まるで神話めいた話だが、この中に虚飾は無い。この話をしていたハムザの落着いた声を、私は今も思い出すことができる。彼は静寂そのものというべき砂漠の風に静寂の音楽を学んだのだ。これをきっかけにハムザのウードの音が変わって行ったのは間違いのないことだ。実際、彼のウードをCDによって、若い時の演奏と年をとってからのそれとを聴き比べてみると、同一人物とは思えない程に変化しているのがわかる。若い時の演奏はアラビア音楽に近い華やかな感じだし、年をとってからのものは、魂の底に響くような、ハムザ・エルディーンと言った時に、彼を知る人なら誰でも思い浮かべるであろう深い音になっている。
たった一度インスピレーションを受けただけで、すべてが変わってしまうような簡単な話がある筈はない。彼はその後、人知れぬ工夫を重ね、試行錯誤を繰り返し、年齢を加えると共に境地を深め、ついに世界中の人間の共感を得るあの普遍的音楽にたどりついたに相違ない。CDに残された若き日のハムザの決して深いとは言えない音は、むしろそのことを私たちに語るであろう。しかし、決定的な変化が、インスピレーションを受けた後直ちに訪れなかったにせよ、ハムザのウードの音が、その核心において、風に与えられた音であることは動かない。静寂の音楽がどのように生まれるのか、この話は一つのヒントを私たちに示している。
一方でこんなことも言えるだろう。静寂の音楽は、音が現実に鳴っている時にだけ存在するのではない、と。つまり、音と音の間にも、曲が終了した直後にも、あるいは曲の始まる前にすらそれは存在する。一つのフレーズが終り、次のフレーズが始まるまでの時間、つまり「間」にあっても、聴く人の心の中では音楽は止むことなく鳴り続いている。静寂の音楽とはそのようなものでもある。
静寂の音に導かれた心の調和は音が消えても簡単には消えないので、音によってもたらされた心の調和が継続している時、音が消えても心には、依然として音があるような感覚が残るのだ。むしろ、音が消えて初めて、聴く人は「静寂そのもの」の中に入れる、静寂の音楽の完成形を聴くと言った方がいいかも知れない。つまり、静寂の音楽によって導かれた無音状態と、そうでない日常的な無音状態とは、全く性質が違うと言うことだ。単に音が無いと言うだけの無音状態を、「静寂そのもの」に変えてしまうのが静寂の音楽の力であり、音楽はその意味でも「静寂をつくり出す」のだ。「間」が生きているとは、「間」の中に音楽が聞こえるということであり、静寂の音楽が成り立っているということなのだ。
「間」は、演奏開始の直前と演奏終了の直後にも存在する。だから静寂の音楽は「間」から始まり「間」で終わるのである。このような音楽を聴くことは、演奏前後の「間」を聴くことであり、例えば聴き手が「演奏終了後すぐに拍手をし、「間」を破壊してしまうのは、その音楽の重要な部分を聴かないに等しい愚かな行為なのだ。あるいは、演奏開始の直前、演奏者が演奏の体勢に入った時、すでに音楽は始まっているのに、それを聴かない人はまともに静寂の音楽を聴いたとは言えないのである。「間」―音のない空間―に音楽を感じるというこの静寂の音楽のあり方は、極めて自然に仏教の「空」の思想を連想させる。
「色即是空、空即是色」すべてが無いということはすべてがあるということである。音が無いということは全ての音があるということである。かくして静寂の音楽においては、その極致の姿では「間」の中にその音楽の最も深い音が現れるのである。
ハムザの使ったもう一つの楽器タールは、一枚皮の太鼓である。彼はコンサートでしばしばタール一つを使った演奏を行ったが、その演奏の最後の部分で実に長大なフェイドアウトをするのが常であった。演奏が終局に向かう時、少しずつ少しずつ音が小さくなっていく。聴いていると、まるで宇宙空間の闇の中に引きこまれて行くような感覚になる。彼はこれを「空」の音と呼んでいた。宇宙は「地」「水」「火」「風」「空」の五つの構成要素から成る。その五つをタールで表現する。その中の「空」がこのフェイドアウトだと言う。このフェイドアウトこそ、彼の音楽の静寂が一方向的に深まる部分であり、ついに楽器の音が消え去った時、「空」の音はその全容を現す。その時演奏空間は宇宙の音で満たされるという感覚がハムザのタールには間違いなくあった。もしかすると、その時私たちが聴く音は、ハムザが砂漠の中で聴いたと言うあの宇宙の音と同じものかも知れない。
静寂の音楽は、「空」の音楽をその究極の姿とするものである。静寂の音楽の極まる所、そこには宇宙の音が出現する。
静寂の音楽は、このように、音によって静寂を感じさせるのみならず、無音によって音を感じさせることもできる。無音の中に音を感じ得る状態に人を導く力が静寂の音楽にはあると考えられる。それなら、物理的な音の全く関与しない美術の中にも、音楽を感じることは充分に可能だということになる。静寂の音楽が導くのと同じ状態に、音楽以外の芸術が人を導くこともあると考えていけない理由はどこにもないからだ。
マルセル・マルソーは、独立した芸術としてのパントマイムを極めた人だ。ある年来日した彼の公演を見た。その時、私はハムザ・エルディーンについて書いたエッセーを持って、楽屋口で彼が出て来るのを待った。公演を終えて出て来た彼に私は「ハムザ・エルディーンについて私が書いたエッセーで、『音楽は静寂をつくり出す』という彼の考えについて書きました。」と言ってそれを渡した。マルソーは、「そう、静寂は音楽でもありますね。」と答えたのである。この時、私は初めて彼の芸の深みに対して眼が開いたように感じた。マルソーのパントマイムは音楽をともなわない出し物が多く、それらは無音の中で行われる。彼はそれを音楽として演じていた、現実に音を発しないままで、彼の肉体が音楽を表現していたのを、私はその時知ったのである。正に静寂は音楽なのだ。
セザンヌの絵もヘンリー・ムーアの彫刻も、あるいは縄文土器も、私たちは、現実の音の全く無いそれらの作品を黙って眺める時、静寂の音楽を聴くことができるのではないか。セザンヌの「サントヴィクトワール山とシャトーノワール」(ブリヂストン美術館)の透明な青にモーツァルトを観ずるのは自然だし、塩山市殿林遺跡出土の縄文土器(山梨県立考古博物館)の精緻で複雑な文様からバッハを連想するのも不思議ではない。そもそも音楽を感じさせるような絵でなければ名画とは言えないし、名画の前では目をつぶっても、何かがさざ波のように伝わって来るのを体で感ずるものだ。それこそが、恐らくは静寂の音楽の本体そのものなのだと思われる。
文学においても事情は変わらない。中原中也の詩は、静寂の音楽をこの上なく純粋に、しかも力強く奏でている。

宿酔

朝、鈍い日が照つてて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。

私は目をつむる、
かなしい酔ひだ。

もう不用になったストーヴが
白つぽく銹びてゐる。

朝、鈍い日が照つてて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。

このような詩に、もし音楽を聴かなければ、何かの意味を感じとることはおよそ不可能であろう。「千の天使」とは何かとか、「バスケットボール」は何を意味するかという所にはまり込んだら、二度と出られない迷路に入るようなものだ。何も考えず、ただただこの詩を静かに口ずさんでみるがよい。読み終わった直後から、今まで聴いたこともない音楽が、はるかの彼方より、まるでたて琴の弦を一本ずつつまびくように、流れて来るのに驚くであろう。中原中也の詩は、少くとも『山羊の歌』、『在りし日の歌』二冊の詩集に収められた詩は、そのような詩ばかりなのである。頭で考えても何も分からない。声に出して読んでみて、全身を耳にしてその音楽を聴きすまして、初めて何かを感じ得る詩なのだ。
「何よりもまず音楽を」とヴェルレーヌは言ったが、彼を尊敬していた中也もまた同じことが言えたに違いない。中也が残したものは、詩という形をとった楽譜であった。読む人間がそれを演奏してみなければ何も始まらないのである。「汚れつちまつた悲しみに……」のように、中也の詩は自分の心、特に悲しみを素材にしたものが多く、彼の詩が好きな人も嫌いな人もそこに気をとられている場合が多い。しかし、彼にとって悲しみは詩の素材にすぎない。彼は悲しみを表現したのではなく、悲しみを素材にして独自の音楽を奏でたのだ。悲しみを素材にするか楽しさを素材にするかは、丁度作曲家が単調の曲を書くか長調の曲を書くかを選択するようなものだ。
中原中也程愛されている詩人は少いが、中原中也程誤解されている詩人も少いのである。
このように考えて来ると、あらゆる芸術表現の核に、程度の差はあるにせよ、「静寂」が存在し、それぞれの音楽を奏でていそうな気がして来る。例えば京都龍安寺の石庭は、「静寂」をこれ以上考えられない程につきつめた表現であり、そこから聞こえる音楽は、一種の力強さに満ちている。茶道において、茶人が茶をたてる一連の動きからは、さわやかで暖かな音楽が聞こえる。書もまた音楽そのものなのであって、空海、行成、佐理、良寛、それぞれが唯一無二の音を響かせている。そしてこれらの表現のどれもが「静寂」の上に成り立っていると言ってよい。
さて音楽はどうか。音楽の表現は無限な程に多様だし、目的も千差万別なのだから、静寂が表現の中心になるとは限らぬ訳だが、一方、どのような音楽も「静寂」を核に持っていると思えてならない。また、「静寂」が核として明確にとらえられている音楽家程、表現の深さを感じさせるようにも思う。
例えば、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ、エディット・ピアフ、ビリー・ホリディ、アタワルパ・ユパンキ、アマリア・ロドリゲス、高橋竹山(初代)、美空ひばり……。これらの音楽家は、「静寂」を表現の中心に置いていたとは言えないだろうが、その核には、紛れようもなく確かな「静寂」が感じとれる。そしてその音楽は、聴いていると闇に吸い込まれるような深さを持っている。
それにしても、静寂の音楽を極限の形で体現したハムザ・エルディーンが亡くなり、録音の中でしか静寂の音楽に出会えなくなって久しい。私自身があまりに熱心に音楽を聴かなくなったせいもあろうが、どうも日本列島には「静寂の音楽」と言える程に「静寂」を表現できる音楽家はいそうもないと思っていた。
ところが昨年、一人の若い女性音楽家に出会った。名を小木曽綾と言う。中世音楽を専門とし、プサルテリという小さな琴状の楽器や小型の二列弦ハープを演奏する。私は彼女の演奏を初めて聴いた時、心底驚いたのである。特にプサルテリによって表現される静寂の質は、ハムザ・エルディーンのウードと変わらないと言ってよかった。こんな演奏のできる人がまだ日本にいたのか。いや、と言うよりも、ハムザを除けば、これ程まで、深く明確な静寂を表現できる音楽家はこれまでに見たことがなかった。
もちろん小木曽綾が既にハムザ・エルディーンの高みにまで至っているとは言わない。それはひいきのひき倒しというものだ。ハムザが静寂を核にして創造した世界の巨大さは、滅多なことで及び得るものではない。しかし、ハムザ・エルディーンが頂を極めたのと同じ山を、小木曽綾も登り始めていることは確かなのだ。それもかなりの高さにまで。今、登ろうとする人すら見当たらないその山を、彼女は一体どのような気持で登っているのだろうか。私はそう考えただけでも声援を送りたくなる。どうやら私はすっかり彼女のファンになってしまったらしい。
小木曽綾がいつごろ、どのようにして現在の静寂の表現を身につけたのか私は知らない。ハムザと同じく風に教えてもらうというような経験があったのか、どうか。いずれにせよ、何かの自然からのインスピレーションがかかわっていそうな気がする。人から教えてもらったのではなかろう。また、どんな名人でもあのような静寂の表現を他人に教えられるものではない。静寂の音楽は、自然から学ぶほかはないのではなかろうか。
彼女は、演奏会において、プサルテリの一曲が終わると、弦から手をはなし、しばらくの間、プサルテリの上に手をかざしたまま何かに聴き入っている。ゆっくりと消えてゆく弦の響きに耳を澄ましているという風情である。それはまた、物理的な音が消えてゆくに従って、どこからともなく立ち現れる静寂の音楽を全身で受け止めているようにも見える。その姿は本当に美しく、この時、彼女の肉体そのものが音楽を奏でているような気さえするのだ。

松崎 好男
(二〇一五年 十月)