神無月の書き散らし

この九月は金沢は自然の激しい動きに翻弄されることが続いた。横浜のこのあたりまで来ると台風は弱まっていたり、それてしまったりで今まではすんでいた。日本各地の災害のニュースを聞くたびに、ここは安全なんだ、だって縄文人の住み着いたところだもの、と安心していた。

まずはオープンダイアローグの勉強会をしていた晩にものすごい勢いの稲光、雷、雨に襲われた。広くもないカフェにギュウギュウ詰めで座っているから窓際の人が吹き込む雨で濡れ、慌ててガラス戸を閉めた。雨漏りもはじまった。それが三ヶ所にも及んだ。急いで持ってきたボールを手に持って三人並んで三人で笑っているいる光景はおかしかった。座敷の中で行われていた体験を語っているその声がもともと小さかったこともあるが、雷、雨音でほとんど聞こえなくなったので、皆席を前へとせり出して必死になって聞いていた。

しかし稲光はこれだけになると美しい。雷音も毎回びっくりするほどのトドロキで心臓がドキンとする。アトランダムだからこれまた大自然の交響曲とばかりにみごとだ。

しばらくすると収まり皆の声も聞き取れるようになった。一体感がありましたねえ、との感想。遠くからの方もいらっしゃるので、一度会を閉め、残ったもので再度話し始めた。これが水っけのせいでもあるまいし、なんとなくしっとりと落ち着いてきて、参加者それぞれの深みを引き出してくるようだった。それでいて皆の気分は明るくなっていた。

それから一週間も経たないうちにこのあたりにとってはとんでもなく本気の台風がやってきてしまった。我が家は開け放したところから雨水が入り込んだくらいの被害。古い家だがこれだけの緑に囲まれているおかげで守られた!ようだ。しかし金沢区内や横浜のあちこちの被害が翌日聴こえてきた。前代未聞のひどさだった。そしてトドメが友人の家が屋根を飛ばされ半壊し、近くの小学校に避難した、そこも水浸し、眠れない、トイレに入って泣いた、という話だ。ここで被害ということが一気に現実身を帯びてきた。彼女の涙声が聞こえそうなくらい近くなった。

他者の不幸ということ。
今までだって、災害のニュースの度に、振り返ってみれば 3・11の時も夥しい他者の不幸が生じていたのだ。それらは他山の石に過ぎなかった、ということか。今近くの一人の友人の体験でやっと少しだけ感じられるようになったとは。なんという心の鈍さなんだ。おまけに冷たい。自分だけはいつも守られている、だからといって、心を寄せることぐらいはいつだってできたのではないか?あの時福島の友人に訪問を拒否されたのも、物見遊山の気分とともに、この冷たさ故であろう。

この度自然が教えてくれたのは自然の脅威だけではなく 己の心の脅威でもあった。

  野分過ぎ枯れ枝のごと落ちるもの      ざくろ

   ほりこし のぶよ